若手キャリア官僚は今こんなことを考えています

※このブログは私が所属する組織の見解を示すものではなく、あくまで個人の見解に基づくものであります。また正確性を一義的な目的とはしていないため、事実であるかどうかの裏づけを得ていない情報に基づく発信や不確かな内容の発信が含まれる可能性があります。

【雑記】学校ってそこまでする必要あるのかな 〜スマフォ没収に見る先生の役割〜

また公務員仲間が不祥事を・・・

スカート内盗撮、容疑で公務員の男逮捕「スリル味わうため」/大宮署 (埼玉新聞) - Yahoo!ニュース

失墜した信用は仕事で取り返すしかないですね。

まぁ取り返せることなんてほとんどないんですが。

 

さて、今回も盗撮に使われてしまったスマートフォンですが、こんな記事を見つけた。

headlines.yahoo.co.jp

確かに便利そうですけど、その前に。

 

最近の先生ってそんなこともしてるのかい・・・。

文科省「教育の質を担保するために教員の人数は増やすべき」

財務省「量より質。子供の数が減ってるんだし、増やす必要なし」

というのは、霞ヶ関100年戦争の一つですが、

こんなこともやってるなら、そりゃ先生の負担は増えて、現場は大変ですわ。

生活指導もあるし部活の面倒もあるし。

 

一応、こんな感じでケンカをしています。

下記資料は、財政制度審議会という財務省に設置されている会議に財務省が提出した資料に対して、文科省が反論している資料です。

財政制度等審議会財政制度分科会(平成28年11月4日開催)資料(義務教育費国庫負担金関係)についての文部科学省の見解

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2016/11/08/1379278_0_1.pdf

 

がっつりケンカしていますね。論点が9つあるようなのですが、その一つ一つに対して文科省が反論しています。

ただ、正確性を犠牲にして問題点を単純化すると、

「やることがものすごく増えているから、生徒の減少ほどは先生の数を減らせません」

ということみたいです。

例えば、最初の「公立小中学校の教職員定数と児童生徒数の推移」という論点について、文科省は下記のような見解を示しています。

定数改善計画がないこの10年間では、小・中学校の通常学級に通う児童生徒1人当たりの教職員定数は、約2%(児童生徒40人当たり0.04人)の増加に留まっています。 この「約2%の増加」で、激増する課題への対応(通級指導を受ける児童生徒2.3倍、日本語指導が必要な児童生徒1.5倍など)が求められています。

なるほど、確かに、手元にデータがあるわけではありませんが、日本語指導が必要な児童生徒は、昔に比べたら増えてそうですね。

 

その対応というのは確かに必要だと思うんですが、それに並行して、仕事減らせないですかね。

 

例えば、携帯とか、もう没収しなくていいんじゃないですかね。

先生やったことないんで想像ですが、携帯の没収とかものすごくめんどくさい気がするんですよね。しかも、バトルえんぴつじゃなくて高価なスマートフォンですしね。冒頭紹介したようなケースがないと、誰のかわけわかんなくなるぐらいなんでしょうし。

 

そもそも、ケータイを没収するという行動の根底には「児童生徒にちゃんと学ばせないといけないから、没収する」という思想があるんだと思うんですよね。

「ケータイ持ってると自分の話を聞いてくれないから、没収」ってのもあるかもしれませんが、それは、もっと面白い授業してくださいよ、ということだと思うので、省略します。

 

勉強したくない子供を勉強させるのって、ものすごく大変なことだと思うんですよね。

 

だから、その負担から先生を解き放って、ただただ、面白くてためになる授業をしてくれればいいと思うんです。

じゃあ、勉強しない子はどんどん勉強しなくなっちゃって格差が開くじゃないか!って言われるかもしれませんが、

(これは結構適当な思いつきですけど)代わりに、保健室の先生をコースアドバイザーみたいにして、成績悪い子は保健室の先生が面談するとか。別に保健の先生じゃなくてもいいんですけど、なんとなく自分の経験的に、保健室ってオアシス的な空間だったもので・・・。

大和くんはなんで勉強したくないの?みたいな。

先生の授業がつまんないんだぁ、とか。

授業を教えるのと、それについていけない子をフォローしてあげる機能って、同じ人が担うのは無理があると思うんですよね。

 

授業中にピコピコうるさくゲームやってる児童は、そりゃ注意しないといけないと思います。周りに迷惑かかりますから。時には授業中没収するっていう処置も必要かもしれない。でも、周りに迷惑かけるやつはスマフォ持ってようと持ってなかろうと迷惑かけますからね。注意するのは同じ。

 

通知表とかも、もういらないんじゃないですかね。

協調性を持って友達と楽しく遊ぶことができる==>よくできる

これ、いりますかね。

各科目のテストの点数だけで良くないですか。それだったらエクセルで一発で出力できそうだし。

 

 

 

結局、社会全体に存在するコストをどういった主体が負担するのか、という問題に帰結するんだと思うんです。

子供を育てるのにはコストがかかります。

遊び盛りの子供に勉強させるのにもコストがかかります。

 

昔は、学校のテストで変な点数を取ってきたら、カツオが波平さんに拳骨で殴られたり、のび太がお母さんにこっぴどく怒られたりしたわけです。

その叱るコストを学校・先生に移転しようとしているのですね、今。

叱るのって結構コストかかりますから。

 

波平さんの代わりに先生が怒るのも一つの社会の形だと思います。十分あり得る形です。拳骨は使えないみたいですが。最近は、共働きで両親とも家にいない、みたいな家族も増えていると思いますし、我が家もそれに近い感じになりそうですし。

 

ただ、この移転が国民的なコンセンサス取れてるのか、私には良くわかりません。

どのようなサービスもお金がかかるので、そのコスト移転にはお金(=税金)がかかりますよ、という説明をした上での議論が必要な気はします。

 

学校のサービスってタダ同然なので、何にお金がかかってるのか見えにくいんですよね。

先生がものすごく大変なのは知り合いからも聞いたりするので、少なくとも、いらない作業を減らす運動をしてあげたいなぁと思うのです。

 

なお、スマフォに限って言えば、今の世の中、スマフォの検索能力ってものすごく大事だし、とりあえずスマフォを没収する必要はなさそうな気がするなぁ。

 

とまぁ、スマフォ没収ケース記事を読んで、こんなことを考えました。

 

<おことわり>

 このブログは私が所属する組織の見解を示すものではなく、あくまで個人の見解に基づくものであります。

 また正確性を一義的な目的とはしていないため、事実であるかどうかの裏づけを得ていない情報に基づく発信や不確かな内容の発信が含まれる可能性があります。

(参考:総務省 『国家公務員のソーシャルメディアの私的利用に当たって』 H25.6.28)